多事争論 -「保守」「革新」、「現実主義」「教条主義」


web上でこういった記事を見つけました。ちょっと長文の引用ですが、掲載してみます。


『諸君!』で櫻田淳氏が喝破した、“自称”保守政治家のいかがわしさ
(From 週刊上杉隆
(前略)
 その『諸君!』の今月号(5月号)の巻頭鼎談「麻生太郎よ、保守の気骨を見せてくれ」(櫻井よしこ×櫻田淳×宮崎哲弥)は出色であった。保守の意味、その歴史的な役割、そして、真の保守とは何かということをテーマに遠慮なく論じている。
 とりわけ、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と評論家の櫻田淳氏の「保守論争」は、久しぶりに読む者を興奮させるものであった。
〈櫻田 私が気持ち悪いと思うのは、近年、みずから「保守」と名乗る政治家が増えたことです。私が理解する限りは、保守主義政党としての自由民主党は、『立党宣言』(一九五五年)から『新綱領』(二〇〇五年)に至るまで、「保守」を謳ったことは一度もありません。吉田はもとより、鳩山一郎、岸信介、あるいは「三角大福中」に至るまで、歴代自民党総裁は明らかに保守主義者でしょうが、私は彼らが自ら「保守」とアピールした例は寡聞にして知らない。保守を叫ぶ政治家が目立つようになったのは一九九〇年代後半以降、つい最近のことですよ。そもそも「俺は◯◯主義者だ」と叫ぶような御仁に、本物がいた例がない(苦笑)。なんともいかがわしい現象です〉
〈櫻井 (略)私が考える保守の条件はもっとシンプルで、「国家としての日本の生存を第一に考える」というものです。これが唯一にして絶対の条件です。「日本の生存」という言葉には文化・文明、価値観における日本らしさの維持も、重要な要素として含まれる。日本らしさを保って、この国際社会の熾烈な闘いの中で、きっちりと生き残る。日本国民の安寧を守り、日本を素晴らしい国家として存続させ、国の将来を担保する。それが最終目的であり、その他はすべて手段にすぎない(略)。
櫻田 手段であるならばお伺いしたい。私が安倍氏を唯一評価しているのは、総理就任直後に中韓両国を歴訪したことです。小泉時代に滞っていた両国との関係を修復し、外交戦略の道具としてきちんと使える状態に戻した。これは大きな功績だと思うのですが。
櫻井 私は安倍氏の中韓歴訪は率直に言って失敗だったと思います。(略)安倍氏は靖国参拝を曖昧にしたまま訪中した。結果、日本の立場を貫くことは出来ず、尖閣問題も東シナ海ガス田問題も不問に付した。まさに中国の思う壺です。のちに安倍氏は保守政治家らしからぬ外交・内政政策で支持率を失っていきましたが、この訪中は支持率低下への序章だったのです〉
 こうした保守論壇の分断は、そもそも「保守」という言葉を、どう捉えるかという立場の相違に起因する。
 具体的に言えば、櫻井氏の指す「保守」は、現在の日本の政治、およびマスコミが想定している「保守」である。一方で、櫻田氏の語る「保守」とは、より大きな国家像で政治体制を眺めた場合に想定される「保守」である。
 じつは、言葉の意味のみを考えれば、どちらも正解なのである。「広辞苑」に当たってみよう。
【保守】
(1)たちまもること。正常な状態などを維持すること。「機械の―」
(2)旧来の風習・伝統を重んじ、それを保存しようとすること。⇔革新
 対中政策からみれば、櫻田氏の「保守」が(1)に該当し、櫻井氏のそれが(2)ということになるのだろう。どちらも「保守」である。
 だが、ここで国体の統治権から考えた場合の「保守」概念は、櫻田氏のそれに軍配を上げざるを得ない。
 現状の政治体制を維持するということが「保守」であるならば、中国との関係を改善し、日本政府の立場を安定させるという意味で、安倍氏の訪中もまた「保守」になる。
 つまり「保守」とは、政治体制、あるいは国家の主権を維持・保存するために変わることを許しているのだ。いや、変わらなければ、「保守」とはいえないのである。なぜなら、世界は常に変化し、現実社会は必ず変わるからだ。
 不変の思想に捉われるのは、じつは「革新」であり、それは現行の政治体制の否定につながる。現実社会が不変であるという概念から出発した「保守」は、結果、革新勢力と同根なのである。
『諸君!』の冒頭で、櫻田氏の語った次の言葉が真の「保守」を端的に表している。
〈私がイメージする保守政治家とは、複雑に変転する現実と予測不可能な未来を前にして、常に国民の幸福の総和が最大限になるよう、臨機応変に政策を打ち出す人々のことです。しかし、最近、保守を自称する政治家たちの言動を観察していると、彼らは「政治活動家」ではないかと思うことがあります。「政治活動家」とは、自分の頭の中に思い描いたビジョンに現実のほうを合わせようという行動原理の持ち主で、共産主義者がその典型例です。「北朝鮮と交渉する政治家は売国奴云々」といった狭溢な視座しか持てず、自ずと選択肢を狭めてしまう。また、自分の政治信条と少しでも違うところのある者を排除してしまう。安倍氏が自分と近しい者ばかりを集めて「お友達内閣」を形成したのは、その好例でしょう。これではイデオロギー先行型の左翼活動家とたいして変わらない。本来の保守政治家はもっとフレキシブルであるべきで、いざとなれば社民党と話ができるぐらいの腹がなければなりません〉
(後略)

自動車のハンドルと同じで、現実が変わっていく中で姿勢を保つには、絶え間ない修正と改善が必要だと思います。確かに理念は大事ですが、その理念を達成するためにも、手段は融通無碍でなくてはならないと思います。
ここ最近の政治関係のニュースは小沢代表の献金問題の後は特にクローズアップされることもなく、淡々と流されています。この筆者の最新記事で解散についての考察もありますが、そんな感じでまたムードをどうやって作るかによって、選挙の結果が出るんだろうなと思うと、こんな風でいいのかなあと思わされてしまいます。
そうではなく、今ある課題に誠実に取り組み、それこそ「骨太の方針」を定めていく事が必要でしょう。そういったことを争点化しない政治家とマスコミには、いつもながらどうかと思ってしまいます。
また、全然分野は違いますが、エンジョイベースボールをめぐった神学論争も同じように思います。
すなわち、これがエンジョイベースボールらしい、あのやり方はエンジョイベースボールではないと教条的に捉えるのではなく、どうやっていけばよりベースボールをエンジョイ出来るんだろうかと考えていくことの方が、自分としては性に合っています。
よく「保守」と「革新」と区分されることが多いですが、それより「現実主義」と「教条主義」に分けて見た方がよっぽど現実に即している分け方に見えます。もちろん理念も必要ですし、現実対応も必要です。そのバランス配分なわけですが、そうやって見ていく方がその方々の傾向が見える気がするのです。
うちの義父がちょうど10歳で終戦を迎えるのですが、小学校(当時は国民学校)の先生がそれこそ戦前は「お国のために力を尽くせ!貴様らはたるんどる!」と言い鉄拳制裁していたのに、戦後になると同じ口で「民主主義万歳!」と言ってしまう姿に大変幻滅したそうです。そこにはその先生が理念を咀嚼することなく教条化してしまっている姿が見えます。(時代の流れに沿っているという意味では現実主義ですが・・・)
自分はそう考えると、やはり現実主義の見方で、これからも物事に対応していきたいなあと思うわけです。なかなか難しいのでしょうけど。
そんなことを考えさせられた記事でした。


「多事争論 -「保守」「革新」、「現実主義」「教条主義」」に8件のコメントがあります

  1. マルクス主義の教条主義と
    掲示板で展開されたエンジョイ・ベースボール
    が似ています。
    まさに「おまえよりも俺のほうがプリンシプルに
    忠実だ」という教条主義なのです。
    エンジョイ・ベースボールを
    錦の御旗にしたとたんに、エンジョイとは
    最も遠いところにいるのです。
    「慶應らしさ」を主張すると、
    とたんに「慶應らしさ」から遠くなる。
    骨太の分析には、
    あまりコメントを要しませんが、
    いつもながら感心しています。

  2. 三木清がハイデッガーのもとで歴史哲学を学んだあと、
    ギリシャのソフィストたちのプラグマチズムを
    歴史を学ぶ方法論と感じたようです。
    歴史は現代の視点からではなく
    「現在」の視点から不断に学び直さなければ
    ならない。
    しかも教条主義ではなく
    現実を変える柔軟な方法をさぐるために
    歴史から学ぶのである。

  3. 「現代」よりも「現在」という時点を
    常に重視したのは、吉田茂です。
    「現代」という期間では、米国重視は当然ですが、
    「現在」という時点では、反米のカードも切って、
    日本の国益を重視したのが吉田外交でした。
    アメリカが韓国ではなく日本の重視し、
    国力を日本に傾注せざるをえない時々刻々は、
    解禁された秘密外交文書によって
    吉田茂の戦略が明らかにされています。
    そこには状況に応じた原理にとらわれない
    したたかさがあります。
    この融通無碍は織田信長に似ています。
    言葉にとらわれる現在の保守が、
    政治家としての結果責任を果たしていない、
    という独立さんの指摘は見事です。

  4. 文武両道さん
    コメントありがとうございます。
    さて、「保守を唱えるほど、左翼とほとんど変わらない行動をとっている」「慶應らしさを主張するととたんに慶應らしさから遠ざかる」といった感ありですね。その「言葉」を大事にしたいのか、その「実質」を大事にしたいのかによって、行動は大きく変わってくると思うのです。
    三木清さんが制約された状況下で言論を展開しようとしたこと、吉田茂さんが同じく制約された中で和平工作、並びに戦後の復興を画策したこと、すべては自分の言葉に殉じるのではなく、自分の考える理想の状態を創り出すために悪戦苦闘したのだと思います。
    これらは結局は自分が何とかしたいのか、今の状況を評論したいのかの違いかも知れません。本屋で立ち読みで田原総一朗さんと野村監督の対談の本をちらっと読みましたが、そこで田原さんが野村さんをそう評価していました。あの野村スコープにしても、自分がキャッチャーだったらこうするという視点だったから面白かったんだと。なるほどと思いました。
    殆どの事象は確かに自分にとって他人事になってしまうのですが、自分で出来ることは他人事にせず、自分で出来ることをこれからも探していきたいですね。

  5. 青山君への励まし、
    塾のブログで拝見。
    独立さんのブログにリンクしてましたが、
    折角なら、青山君について熱く語っている記事
    とリンクしているとよかった・・・・
    青山君に気付いてほしいけれど・・・

  6. 文武両道さん
    コメントありがとうございます。
    実は最初はそうしようかなと思っていました。でもなんだかとても恥ずかしく感じてしまったので、リンクをトップページにした次第です。
    それでなくとも自らの禁を破って、シーズン中の選手に書き込んでしまったので、混乱させたりしないだろうかとか考えてしまったり・・・。
    でも、どうしても青山君には一言「無心でバットを振り抜けば道は開ける」といったことをどうしても伝えたくて、コメントしてしまいました[E:coldsweats01]

  7. クローズアップ現代
    「勝負強さは“脳”が決め手」
    5月12日(火) 19:30~19:56
    これはぜひ、法政戦を控え、
    青山君に見てほしかった!
    あのイチロー選手が、勝負を決めた打席で、
    「ここで打つと大ヒーローになる」
    というワクワクするような気持ちでいた。
    とにかくネガティブではなく
    ポジティブなイメージだけを描く。
    明治の荒木君は、
    早稲田戦で優勝を決めるホームラン、
    東大戦でサヨナラ・ランニングホームラン
    そして慶應戦で・・・・
    肝心なときにそのポジションを楽しめる
    それこそエンジョイ・ベースボール!

  8. 文武両道さん
    コメントありがとうございます。
    そうですよね!準備段階では細心の注意を払い、いざ実行の時は大胆に前向きに行動する。何にでも通じることですよね。
    青山君を始め塾野球部の面々がこの厳しい、でも可能性のある状況下で、開き直って自分たちの持てる力を発揮できるよう祈りたいですね!

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