NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第二回 特攻 やましき沈黙 を見て


では、続いて第二回を見た感想です。
番組のHPにはこう記されています。

人の体を兵器代わりにして体当たりする”特攻作戦”。これまで現場将兵の熱意から始まったとだけ伝えられてきた。090810_a
しかし、海軍反省会のテープは、「神風特別攻撃隊」の一年以上前から『軍令部』が現場の熱意とは別に、組織的に計画、特攻兵器を作り続けてきたことを赤裸々に語る。さらに『軍令部』の元参謀は「特攻」はあってはならない作戦と自覚しながらも、その計画を推進してきたことを証言する。090810_b
海軍から始まり、陸軍にも広がっていった「特攻」で亡くなった将兵は5千人以上。そのほとんどは20代の若者たちだった。
過ちと分かりながらなぜ当事者は「特攻」を推し進めていったのか。反省会の議論から「特攻」を生んだ組織の姿を浮き彫りにする。

今回の放送で一番主題とされていたのは「(戦争の作戦立案を行った)軍令部が特別攻撃に関与していたのかどうか?」という点でした。
つまり、上記の番宣にも書いてありますが、これまで特攻と言えば大西中将の立案であり、現場将兵の熱意から行われたと、もう少し現場の声から言えば志願制となっているが、実際は編成されていたという話しは出てきましたが、そう言えば誰がこれを実際に立案し、実行させたかということについては余り触れられていなかったような気がします。
この番組では中澤軍令部第一部長が、特攻に軍令部は関与していないと言っているのはけしからんと、実際に海上特攻兵器(回天)を指揮した元中佐の問いかけから始まります。そして、資料を基に、軍令部自体が敷島隊の初特攻の1年も前に特攻兵器の開発を命じている点や、攻撃の1週間くらい前に軍令部からの発信電報で、特攻を国民の戦意昂揚と全軍の士気を高めるため、逐一特攻の事実を発表する旨が書かれていたことを挙げ、これでも第一部長たる人が知らなかったのはおかしいではないか?と。
これに対して、実際に軍令部第一部に勤務してた中佐が、人の気持ちの問題だからと曖昧な態度に終始します。
結局現場にいる人間は、戦後も重い十字架を背負いながら苦しんでいたのに、それを命じた上層部は・・・という訳です。
そして番組の最後で、戦犯裁判対策の話しのさわりが語られて、次回に結ぶと。
確かに、一人の中将の気魄で、現場の将兵の熱意で、それらが行われたとはとても思えない。しかも犠牲になっているのが、学徒出陣等で招集された、経験不十分の若者ばかりというのも引っかかります。
勝手な私見ではありますが、この特別攻撃というのは
1)日に日に逼迫してくる兵器の破壊と生産の遅れから、出撃する艦船をすでに持てなくなった海軍の存在理由の消失に対する焦り
2)昭和18年5月30日に陸軍がアッツ島にて、いわゆる「玉砕」を行い、陸軍は死を恐れず護国の盾となっているのに、海軍は何もしなくていいのかという、陸軍との比較から来る焦り
3)戦局打破の期待
から来ているのだと思います。そのため、軍令部の方でも急ピッチで検討が加えられた。そして敢えなく敗戦となった後は、戦犯裁判対策上の必要、つまり人道に対する罪を避けようとするところから、組織的に編成した部分はきれいに隠されてしまったのではないかと、この番組を見て強く感じました。
番組では最後に「いけないと個人個人ではわかっていたのだが、組織のムードに流され声をあげられらなかった」ということに理由を求めています。
しかし、行け行けドンドンの時は下克上で直属の上司が首を振らなかったら飛び越して上役に意見具申していた人たちが、勢いが悪くなると口をつぐむというのはこれまたどんなものでしょうか。
何でもそうですが、威勢の良い意見というのは何でも通りやすいところがあります。
振り返って、冷静に物事を見る意見は小さく扱われがちです。
こうならないように、組織のトップは常に目を配る必要がある。
でもそれだけではないように思います。結局は打破する方法が浮かばなくなった時に、それでも考え続け、何とか打開策を見つけるか、安易な方法に逃げ込んでしまうかの違いだとも思います。
ゴルフに例えるのは適当ではないかも知れませんが、どうしようもないなあと思えるラフにはまった時どうでもいいやと適当に振ってスコアをどん底に落とすか、その中でも最善手を考え続け、スコアを何とかまとめるかの違いだと思います。もっとも自分はゴルフでは前者に極めてなりやすいのですが・・・。
参謀は考えるのが仕事なのだから、極めて困難な状況であろうともやはり考え続けるべきだった。それが出来ないと思ったのなら、前線で戦うべきだった。そう思うのです。
大西中将は、日本の敗戦を見とどけると、8月16日、「特攻隊の英霊に曰す」で始まる遺書を遺して割腹自決。遺書には特攻で散華した兵士達への謝罪と共に、生き残った若者に対して軽挙妄動を慎み日本の復興、発展に尽くすよう諭している。自決に際しては敢えて介錯を付けず、また「生き残るようにしてくれるな」と医者の手当てを受ける事すら拒み、特攻隊員に詫びるために夜半から未明にかけて半日以上苦しんで死んだといいます。
それと比べて、「一億総特攻」と勢いの良いことを戦時中は言いながら、いかに組織上口をつぐむ必要があったとは言え、責任を明らかにせず、違う行動をとった人たちに対しては、何とも言えない感情を抱かざるを得ません。例え、毎日戦死者名簿に供養のお経を唱えていようとも。
人を指揮する者の責任の重大さと、心の持ち方について深く考えてしまう内容でした。


「NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第二回 特攻 やましき沈黙 を見て」に2件のコメントがあります

  1. 「威勢の良い意見というのは何でも通りやすいところがあります。
    振り返って、冷静に物事を見る意見は小さく扱われがちです。」
    マニフェストでは、「女性や子育て、お年寄りにやさしい」
    は何でも通りやすいところがあります。
    振り返って、財源、若者や壮年の立場を
    冷静に物事を見る意見は小さく扱われがちです。
    これだけ地震、水害があって黙っていても
    財政はいよいよ厳しくなります。
    また土木を苛めてしまって、明日の土木を担う人たちがいなくなったら、
    防災技術は劣化するばかりです。

  2. 文武両道さん
    コメントありがとうございます。
    両党の今回のマニュフェストは「所詮国民なんて、口当たりの良いことを言わないとダメなんだろ」と見透かしているように見えてしまいます。
    今までマスコミの報道姿勢を批判してきましたが、ここ最近は分野別に各党の主張を紹介し検討するといった形になっており、幾分好感が持てます。が、自民党と民主党はお互い相手へのネガティブキャンペーンばかり。見ていてがっかりしています。
    そういえば自分が住宅建設に携わっているから思うのでしょうが、今回の駿河湾沖での地震でこれだけの規模の地震の割に倒壊した家屋が無かったことは、もっと日本の住宅建築のレベルの高さを誇ってくれてもいいのではないかなあと思っています。他国でマグニチュード6以上の地震が都市部周辺で起こると大抵家が倒れているように思えるからです。なのに、いつも耐震偽装だとか欠陥住宅とかばかり。いいものはいいと言ってくれないと、若者がこの仕事に対して誇りを持てなくなってしまいます。それは土木に対しても同じです。余りにも公共事業悪説から悪く言われていますが、日本の土木技術はすごいと思います。これを大事にして、防災技術のさらなる発展に繋げてもらえればと思います。出来れば会社単位でなく、国としての技術の蓄積も図っていきたいところですが。

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