文藝春秋「日本国民に告ぐ」を読んで

諸方面で好評を博している文藝春秋七月号に掲載されている藤原正彦先生が書かれた「一学究の救国論 日本国民に告ぐ」。毎月文藝春秋を楽しみに読んでいる管理人としても、当然読ませて頂きました。
実は自分はこれを読んで、全てに共感出来たわけではありません。もちろん頷くところも多々あるのですが、ちょっとどうかなあと思うところもあるのです。ちょっとそんなお話しを。
まずは日本に対する問題点を指摘されています。

・日本が危機に立たされている
・政治は相変わらずの「政治とカネ」ばかり
・防衛問題への無関心
・実力に欠ける政治家による「政治主導」の問題
・人口減少
・モラルの低下
→政治経済の崩壊から始まり、教育、家族、社会の崩壊と、今、日本は全面的な崩壊に瀕している。

そして、この解決に藤原先生は、

多くの困難が噴出しているというのは、それら全てを貫く何か一つの原理が時代や状況にそぐわなくなっているということを意味する。従ってこの原理を替えることで諸困難を一気に解決する、というのが最も効果的なばかりか容易でもあるのだ。

ということを指摘された後、日本のアイデンティティの再確認のお話になります。
まずはハンチントン教授の「文明の衝突」を引き合いに、「独立文明を築いた日本」とし、そこに流れるものの説明をされています。そして、そのような伝統を無視し、自らの考えに歴史を合わせようとするかの如くの「現代知識人の本能的自己防衛」についてお話しされています。
ここまでは、素直に同意出来ます。ただ、その後の「外国人を魅了した日本文化の美徳とは何か」について触れるところから、自分としては少しずつ違和感を感じ始めます。
この中で幕末のアメリカ初代総領事のタウンゼント・ハリスの言った「日本には富者も貧者もいない。正直と質素の黄金時代を他のどの国よりも多くここに見出す」との言葉を日本文化の美徳として採り上げています。
でも例えば幕末で捉えれば貧窮にあえぐ下級武士もいれば、豪商と呼ばれる裕福な商人や豪農と呼ばれる農民もいました。身分により厳然と差があったというよりは、各階層ごとに富貴の差はありました。もちろん福澤先生が言った「門閥制度は親の敵」の時代であったことも事実です。敢えて言うなら相対的に教育レベルが高かったと思いますが、これは徳川家康が荒くれ者たちの武士に文官として学問を修めさせることを奨励したことが大きな理由であるとも思います。
その前に遡れば、海を渡り朝鮮征伐を行い、明に攻め入ろうとし、実際途中まで成し遂げるまでに軍事的に急成長した日本が安土桃山時代にあります。
では、なぜにそんなことになっているのか?それは経済的なイノベーション、つまり農業に於いては二毛作などの生産技術の進歩。商業に於いては海外交易と貨幣経済の浸透があり、国力が全体的に増進したからこそでしょう。
政治的に言えば、戦国時代でよく言われる「下克上」、更にもっと遡れば貴族が実権を握っていた時代から、それまでは用心棒扱いされていた武士が政治的実権を握る、といった形で、数度にわたりボトムアップされ、有能な人材がダイナミックに動いていたからだとも言えると思います。
つまり、日本人の美徳云々もそうですが、政治・経済・軍事において、それぞれの理由があったからこそ安土桃山時代までに国力を急激に上げ、それが故に不安定になることを嫌った徳川家康が一定の足かせを各階層にはめたからこそ、あの安定した江戸時代につながったのだと思います。別に平和愛好民族だから約300年の泰平の世だったわけではないと思うのです。
そしてその後、「アメリカによる巧妙な属国化戦略」、「魂を空洞化した言論統制」、(「二つの戦争は日本の侵略だったのか」は結構同意出来ます)、「事実上の宣戦布告だったハル・ノート」、「独立自尊のために戦争は不可避だった」と続きます。
これの見方は余りにも片方に寄りすぎているように思いました。勿論そういった面があったのは事実ですし、当時の日本が野蛮な国家だったとも思いません。戦後民主主義と言いますが、明治の自由民権運動、大正デモクラシー、昭和初期の粛軍演説など、今よりよっぽど言論が機能していると思えるやりとりも多々あります。
但し、全て純粋に日本が行動していたわけでも決して無いと思います。例えば中国の政治家の人が早稲田大学に行くのを嫌うと聞いたことがあります。「対華21箇条の要求」をした総理大臣が作った大学だからです。
全ての歴史は複層的に動いています。それを正義論の如く取り扱い、全て善と捉えたり、全て悪と捉えることは無意味だと考えています。その後に「日本が追及した穏やかで平等な社会」、「日本文化が持つ普遍的価値」、「「過去との断絶」「誇り」を回復せよ」という傾聴すべき意見をまたおっしゃっているだけに、途中の日本の近現代史の捉え方がちょっと気になりました。
ちなみに昭和初期の日本の転落は、自分が思うにリアリズムの喪失だと考えています。「国体明徴運動」やらで
「肇国の大精神」とか神がかったことを言い出しているところから、おかしくなったのだと思います。
松岡洋右代表が国際連盟脱退の演説をした時、本人は大失敗をしでかしたと思い暫く日本に帰れないという外交官ならではのリアリズムを持っていたものの、日本では英雄扱いされていると聞いて、反転勇躍帰国するという行動がなんだか戦前の日本を象徴しているような気がするのです。
それと同じく、今の日本がリアリズムを欠いてしまっているからこそ、最初に指摘されていることが起こっているように思うのです。国際競争相手がいないがごとくの中で話される「最小不幸社会の実現」、経済力軍事力の大きさから考えると場合によっては一番国家の利害関係の調整が難しいかも知れない極東亜細亜に位置しながら未だに言われる「非武装中立」。
日本が国力を伸ばしている時代は、どれを見ても、リアリズムをもって行動している時期だと思います。
藤原先生が引用された「国家とか国民は、自分たちが輝かしい民族に属するという感情により力強く支えられるものである」という言葉はもっともだと思います。ただその「輝かしい民族に属する」という感情はリアリズムによって支えられていないと、どこかで躓くと思います。
過去の栄光は未来を担保するものではありません。
でもその過去の栄光を感じ、自らを奮い立たせることが、より大きな力を与えてくれることも多々あります。
だからこそ、そのリアリズムをしっかり持った上で、自分たちのご先祖様に感謝し、自らの国に誇りを持って、これからの時代に立ち向かう。
そうなるためには、やはり大事なのは教育であり、マスコミ等から流される情報に対する国民ひとりひとりの取捨選択のあり方なのでしょう。
今度の参議院選挙が、そういった流れになればいいのですが。
最後にちょっと面白いなと思ったHPをご紹介します。

心に沁みる戦前の選挙のスローガン(さぼり記)

では、また。

「文藝春秋「日本国民に告ぐ」を読んで」に4件のコメントがあります

  1. まず、流石の分析力に敬意を表したいと思います。ご指摘のとおり、歴史は複眼で注意深く分析する必要がありますが、その時代を皮膚感覚で理解できない現代人の我々に問われるのは、この種の提言を「どう読むか?」だと思っています。その意味で、管理人さんの最後の一節には思わず膝をたたきました。
    「教育、教育、教育!」と三度連呼したイギリスの首相がいましたね。私見では、今の日本の首相にもそう叫んでもらいたいと願っています。秋葉原事件に象徴される様々な事件を生み出した責任が政治にあることは確かですが、その政治家を選んだのは我々国民なのですから。今度の参議院議員選挙、衆愚政治に向かう道が加速されなければ良いのですが・・・。

  2. 上田監督といい管理人さんといい、藤原先生の文章を読んでいらっしゃる仲間がいて嬉しいです。
    自分は、家でも外でも教育の大切さを噛み締めております。
    話は変わって、ワールドカップ、今はドイツを応援しています。
    日本も4年ごとにレベルアップしている気がしますが、世界の壁はまだまだ厚いですね。
    高校野球もあっと言う間に県大会ですね。
    史上最強の慶應高校打線(と勝手に名付けています)がどこまで通用するのか楽しみです。

  3. kktfさん
    コメントありがとうございます。
    ブレアさんもそう言いましたし、小泉さんも就任演説の時に「米百俵」を持ち出して教育、人づくりに言及していました。
    それに比べて今は子供を育てるにお金がかかるからということで「こども手当」ですから[E:coldsweats01]
    国民が主権者だと持ち上げるからには、当然国民一人一人に重い責任があることも併せて報じるべきです。その国民が自らその質を上げるように努力していくこと、これこそが大事であるべきです。
    時の為政者には、ただ与えることを言うだけでなく、国民に対して何を求めるかをしっかり言ってほしいです。
    池田勇人さんは確かに「所得倍増」を唱えましたが、併せて「働くことは畑を楽にすることです」などと言って、勤勉に働いていこうと国民に訴えていました。「天は自ら助く者を助く」わけですから、まずは自ら頑張るしかないんでしょうね。
    今度の参議院選挙、一体どのような民意が示されるのでしょうか?

  4. フレフレ少女さん
    コメントありがとうございます。
    いろいろと教育について考えることも多いでしょうから、色々な考えもおありかと思います。
    本当に家の内でも外でも、職場の内でも外でも、国の内外でも、それを形作るのは人間ですから、その人間を作り上げる教育が一番大事なことになるんだと思います。
    ワールドカップ、オランダが決勝進出を決めましたね。ドイツ対スペインも「今大会最強のチーム」対「ヨーロッパ最強のチーム」の戦いだけに、とても楽しみです。
    塾高史上最強打線の行方と復活したエースの活躍も楽しみです。もう本番まであと僅かですね。いいコンディションで臨めることを心からお祈り申し上げます。

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