【多事争論】民主主義が試されている

世の中で起こる事象は、殆どが全ての人を満足させることは出来ません。
高校野球でも、上田監督がベンチ入りメンバーを決める時が一番辛いとおっしゃっていましたが、選ばれた人と選ばれなかった人との間には明かなコントラストが生まれていることでしょう。
負けた時に、慰めてばかりいても仕方ありません。時には厳しく、今以上の自分たちを作るために敢えて厳しいことも言ったり、実際に行動したりすることが必要な時もあるでしょう。
今世界経済は、ギリシャの財政不安に端を発し、前代未聞のアメリカ国債の格下げという局面を迎え、景気後退と全面株安という危機に直面しています。
また、日本でも一向に進まない復旧作業と、とめどもない反原発の論議が続いています。
ギリシャ等へEU諸国が積極的というよりはためらいながら(なんで他国のために我々が苦労しなければいけないという国民感情を気にしながら)小出しに援助して、なかなか危機が収束しない姿は、住専救済を巡る日本の混乱を思い出します。
アメリカの国債発行制限を巡る共和党と民主党の争いは、手厚い保護となるべく軽い税負担の両方を求める国民感情によるものとも言えます。
日本でも自らの利害関係や立ち位置ばかり気にして、本質的な対応が打たれない状況が延々と続いています。
こんな状況を見て、中国はこう言います。

中国、国債格下げで米を批判 軍事費の削減要求 (From 日経新聞)
新華社は「中国は最大の債権者として、米国に構造的な債務問題への対処と中国のドル資産の安全確保を要求する当然の権利がある」と強調。米国は「借金依存症」を改めるべきだとし「巨額の軍事費と社会保障費を削減しなければ、国債のさらなる格下げを招く」と警告した。
(全文はこちら

中国からすれば、為政者は様々な意見に惑わされること無く、するべきことをしっかりと実施してくれということでしょうし、だからこそ人民の声に惑わされない中国共産党の唯一絶対の指導的立場は堅持しなければならないと意を新たにしたことでしょう。
つまり、こういった危機的状況に直面した時、果たして民主主義はしっかりと対応出来るのか?ということが問われていると言っていいと思うのです。
菅首相は「最小不幸社会を」就任の際に発言していました。卓見だと思います。民主主義の欠点を述べている点で。例え必要であっても嫌なこと・事実を言うのは大変勇気の要ることで、特に落ちたらただの人の代議士は殆どがこういったことを言えず、耳当たりの良いことしか言えません。だから結果的に「最小不幸」しか語れないことが多いということだと思うのです。
では、それでいいのか?民主主義諸国、そして我らが日本。
そうは言っても、国民に厳しいことを言う指導者は、結果的に大きな支持を集めることが多いです。ケネディしかりルーズベルトしかり、小泉純一郎しかり。
韓国は21世紀になって虎の如く経済が伸びていましたが、その直前にはIMF管理下に国が置かれてしまい、大変な苦労をしていました。
民主主義だから、辛いことはやりたがらない。って言うんじゃ、アメリカ人はぜいたくに慣れているから戦場では使い物にならないと言っていた戦前の日本軍部と何も変わらないじゃ無いですか。でもあの時彼らは確かに団結し、ものすごい力を発揮して、日本はコテンパテンにやられたではないですか。
国民が、「ここは何が何でも頑張り抜いて、国を良くしよう」と覚悟を決めれば、必ず苦境は打破できるはずです。なんと言っても人に動かされるのでは無く、自発的に動くのですから。
政治家は今こそ国民に、マーケットに強いメッセージを出すべきです。オバマ大統領は緊急記者会見を行いました。日本は未だに菅首相がこの経済危機に対して強いメッセージを出していません。ここは昔鳴らしたアジ演説でもいいですから、日本国民を鼓舞するようなメッセージを出して頂きたい。そしてマーケットに具体的な施策を早く出せるよう、与野党関係無く早急にまとめてもらいたい。
国民も覚悟を決めて、自らの仕事に全力を尽くすべきです。
改めて言いますが、民主主義が試されています。小田原評定を続けている余裕はありません。耳当たりの良い言葉では無く、困難であるかも知れないが強く前に進むメッセージを我々は持つべきなのです。

「【多事争論】民主主義が試されている」に9件のコメントがあります

  1. 民主党が理念を掲げて政権奪取したのなら、民主主義に未来はあった。
    しかし小沢と鳩山は資金力と国民へのバラマキの約束で政権をとった。
    ねじれ国会をあざとく利用した。
    国民に媚び、マスコミを利用して・・・今、その復讐を受けている。
    自民党も堂々と政策論争で政権を奪取してもらいたい。
    アメリカもそうだが、共和党がねじれを利用するだけが民主主義なら、
    日米とも中国の一党独裁を批判することは
    中国の嗤いを誘うだけだ。

  2. さて上田さんが吠えておられますが、お気の毒です。
    かつては建築士の免許更新が決定間際に黒川、安藤という有名な先生が、
    こぞって反対して事なきを得ました。
    会計士は研修がやたらと増えて、有名な女性評論家は受けずに資格はく奪となりました。
    会計士は税理士に転じて会計士でなくなっても自由な時間が欲しいとか。
    役人や大学の先生が世論に煽られて、こういう研修や免許更新の制度をつくるらしいが、
    役人や大学の先生、政治家などは不適格の烙印を押される制度がない。
    そもそも大学教授になるには何の資格もいらない。
    博士号の取得が望ましい、といっても法的資格ではないから、
    有名人になれば大学教授にもなれる。
    モンスターピアレントへの対処方法など伝授してくれるんでしょうか。
    それなら役に立つでしょうが・・・

  3. 日本は先の戦争で、大切な人材と歴史を失い、敗戦の受け入れ方を間違え、現在の弱腰外交といわれる集団になりさがってしまいました。領土をとられても抗議一つまともにできない。同胞をとり返すこともできない。
    何をされても何もできない。戦争反対のみを声高らかに言い続け、それのみが正義であるかのような風潮。原発然り。被爆国がこの有様。独逸は2度負けてもゲルマン魂は生き続けて国家を築きあげました。日本はたった一度の敗戦で大和魂を無くし、卑屈な国民になりさがりました。この差はなんでしょう。
    管理人さんがご指摘のように「自発的」であれば、よくなることもあります。しかし、残念ながら、所詮他人事と教えられてしまっている現在、非常に難しいと考えます。若いころの歌に♪力を合わせて生きることさえ、今ではみんな忘れてしまった、だけど僕達若者がいる。とありました、その若者はいま初老の時代です。

  4. 民主主義の試練ですか。理解できます。ただ、枕詞として「戦後日本」を付け加えてはどうでしょうか?次の首相は大変重要ですが、もっと重要なのは我々国民ひとりひとりの大局観なのかもしれませんね。

  5. 文武両道さん
    コメントありがとうございます。
    間接民主主義の怖いところは、誰もが全体最適は別にあることを知りながら、敢えて自分たちの集団の利益のために部分最適を主張することだと思います。
    この「部分最適」を主張する誘惑に政治家が敢えて勝てるか、有権者が「全体最適」を的確に判断し辛い選択をすることが出来るかが問題だと思うのです。
    民主党が政権を取る時は敢えて部分最適ばかり主張しました。ばらまき政策、埋蔵金からあたかもお金がたくさん出てくるかのような話、消費税は上げないとの話、普天間移転問題、どれも確かにそれが出来ればいいのかもしれませんが、部分的な問題意識ばかりで、全体的に解決しませんでしたし、有権者も耳に甘い言葉を受け入れました。
    自民党もこの誘惑に囚われているように見えます。
    アメリカのティーパーティもまた同じように見えます。
    今の超円高は資金供給量によって説明できますが、では先進国がみんなジャブジャブ資金を供給すれば通貨は安くなって自国内産業の競争力が上がるかも知れませんが、その資金は国内の資金需要が少なければ途上国に流れ込み、うまくすればその国も発展しますが、下手するとその国の経済がバブル発生→ハードランディングするかもしれません。では各国が節度ある資金供給量を設定できるか?これまた民主主義である限りなかなか難しいのかも知れません。あくまでその国から選ばれた政治家はその国の発展を主に考えるしかないからです。
    この矛盾から抜け出さないと、おっしゃるように「中国に嗤われるだけ」だと思うのです。
    免許制度を厳格化すると、不思議と利権もついてくる。これもまた困ったものです。理念はわかるのですが、免許をいくら難しくしても物事の解決にはつながらないでしょう。それよりは、競争原理を導入するとか(公営企業の活性化によく使われます)、問題に対する厳罰化(飲酒運転の撲滅に効果がありました)などの方がいいと思うのですが。

  6. 三角ベースさん
    コメントありがとうございます。
    「大切な人材と歴史を失い」の部分、自分もそう思います。
    この前お客様の家で打ち合わせていた際、そこのお家のお祖母さんが東郷元帥のお孫さんに会ったことがあるんだって話になった時に、周りの人がみんな東郷元帥って誰?と言っていたのは、意外ではありませんでしたが、やっぱりってため息が出ました。東郷神社はご存知だったのですが。
    多分幕末以来続いていた「攘夷思想」が、日露戦争の勝利と共に顕在化してしまったのでしょう。その結果、国民全体に蔓延してしまった対外強硬論が、戦争の形態の変化(部分戦闘から総力戦化)と最悪の形で交わり、それまでは聞いたことの無い「無条件降伏」でないと戦争終結できない時代での敗戦という結果になりました。
    ドイツには護るべき存在、例えばカイザーとかヒューラーとかが敗戦時に絶対的価値として存在していませんでした。なので、ナチスを完全にリセットすることが出来ました。しかし日本は「国体の護持」と天皇陛下の戦争責任問題を回避する必要があったため、国全体が戦争犯罪という罪を許された国みたいな奇形の形で存在することになってしまったように感じます。
    これをアメリカも周辺諸国も今に至るまで利用しているのでしょう。それがおっしゃるような状況を招いているように感じます。
    であれば今何をなすべきか?自分はそのヒントは「学問のすすめ」や「文明論之概略」といった福澤先生の著作にあるような気がします。

  7. kktfさん
    コメントありがとうございます。
    現在の日本の状況を考えると、まさにおっしゃるように「戦後日本の」という枕詞や、「もっと重要なのは我々国民ひとりひとりの大局観」だと思います。
    ただ、日本だけで無く各国でねじれ状態が起こっている状況を考えると、現状に対する不満に迎合する勢力がその時期では支持され、しかし政権を取ると現実的な政策にせざるを得ないため支持を失ってねじれが生じるといったことになっているように感じるのです。
    現状の複合的な問題に対して、いかに民主主義はしっかりとした答えを出せるか?そこに民主主義というものが試されているように感じたのです。

  8. ことここに至っても鳩山、小沢詣で
    そんなになりたい首相?
    傀儡となって自民党から責められ・・・
    最後はまた交代。
    正々堂々政策で勝負せよ!

  9. 文武両道さん
    コメントありがとうございます。
    確かに小沢さんの意見を聞きたいというのは、まだわかるような気もします。しかし鳩山さんにというのは、今までの歩みや発言を見ていると「正気の沙汰か?」と思ってしまいます。会いに行く彼らには鳩山さんの持っているグループの人数やお金以外になんの目的があるのだろうと。野田さんに対して「職務を全うして」と言ったのは悪い冗談かと思いました。
    菅さんの理念や政治手法はともかく、最後になって何かしようとする意思は見えました。首相になる一番の目的は「こういうことを成し遂げたい」という気持ちだと思います。それをもっと各候補者明確にして欲しいし、マスコミも伝えてほしいです。それが、政策論争に繋がるのだと思います。

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