朝日新聞さんの記事と田原総一朗さんのインタビュー


著名なジャーナリストでもある田原総一朗さんが、BLOGOSにてこんな記事を投稿していました。

「朝日叩き」が安易な「ナショナリズム」につながるのは気持ち悪い~田原総一朗インタビュー
戦時中の「慰安婦」をめぐる報道について、朝日新聞が「記事の一部に虚偽があった」という検証記事を掲載したことを受け、雑誌やネットでは、激しい朝日新聞批判が起きている(関連記事)。この問題について、田原総一朗さんはどう考えているのか。【亀松太郎、大谷広太(編集部)】
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このタイトルにある「「朝日叩き」が安易な「ナショナリズム」につながるのは気持ち悪い」という言葉には同意します。最近の日本の論調は、攘夷の世の中に戻ったのか?と思うくらい、右側は中韓あたりを、左側はアメリカを中心にナショナリズムと言うより一種の排外主義を感じます。
しかし、書いている内容で自分が大変違和感を感じる部分がありました。それが、
『戦前の日本はナショナリズム一色で、「欧米列強に侵略されたアジアの国々に代わって、日本はアメリカやイギリスやオランダやソ連と戦うのだ」と信じていた。』
という部分です。田原さんは自分の番組に出てくる政治家に「自分の本を読んでいないの?勉強不足だ!」とおっしゃっていた方だからまさかご存知無いとは思いませんが、大正デモクラシー~宇垣軍縮(大正末~昭和初期)の頃は軍人は寧ろ肩身が狭く、マスコミも対外強硬姿勢を戒める論調が多かったです。
よくこういった物言いを現在80歳前後の方がされる印象がありますが、彼らはちょうど少国民として戦時中の日本を過ごしているわけで、正確に言えば
『戦前の日本はナショナリズム一色で、「欧米列強に侵略されたアジアの国々に代わって、日本はアメリカやイギリスやオランダやソ連と戦うのだ」と』と子供達は信じ込まされていた。
だと思います。その時にそう思ったのは事実だと思いますが、その時の大人たちはそんなことを信じていたわけではないでしょう。大体、ソ連は8月9日まで和平の仲介を頼んでいた中立条約の相手国ですし・・・。
その上で今警鐘を鳴らすべきは、自国優位を唱えるナショナリズムでは無く、国際的にも言論界的(自分の意見以外は認めない)にもある排外主義だと思います。人は自分と違うことを認めた上で、自らのアイデンティティを保ち、お互いに触れ合い、接点を見つけながら友好関係を作り上げることが重要です。結局こういった文化を持ち得なかったところから、恐慌→満州地域で起こる不穏な事件を契機に軍部の独走と国民の支持が生まれていきました。軍に、国に騙されたわけではありません。空気のせいとも言えますが、国民がこの流れを支持したからこそ、あのような結末に至るまで突っ走ってしまったわけです。これはドイツにも同じことが言えると思います。
しかるに今は外国人や外国企業を排するような意見、お互い相手にレッテルを貼り、全く議論の接点を見つけようとしない言論界の空気が見える。これが問題だと思うのです。これでは論旨は別にして、戦前と大して変わりません。何にしろ多様性は大事です。
自分は、今の朝日新聞さんに自分は大変批判的ですが、それはリベラルな姿勢では無く、自分の行動に責任を持とうとしない、他人の行動は批判する、他人の批判は受け付けないという姿勢が、日本のマスコミ・言論界をダメにすると思うからです。叩き潰されて欲しいとは思っていませんが、どこかで自分たち自身のことをもっと省みて欲しいとは思っています。


“朝日新聞さんの記事と田原総一朗さんのインタビュー” への2件のフィードバック

  1. 中国、韓国は国内事情で反日のキャンペーンをして
    朝日などの革新派を窮地に陥れたと診る。
    表向きは旗を降ろしていないが、裏では接触を試み始めたのは
    日本の世論の急激な逆風に焦り始めたのではないか。
    検証記事の掲載は
    朝日の社長が官邸に近い政治記者だったせいもある、
    ただし幕引きのつもりだったのに火に油の逆効果で
    販売部数の回復につなげるつもりが激減に。

  2. 田原総一朗さんの衰えを感じます。オピニオンリーダーの一人としての彼はそろそろ老害の域にあるのかも知れませんね。今と明日を生きる管理人さんのような人材がもっともっと声を上げるべき時代に差し掛かっているのでは?と感じています。今なお朝日新聞を購読する者の一人としてそう思います。

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