大東亜戦争とスターリンの謀略を読んで ー尾崎秀実手記より


前回に続いての引用ですが、今回は尾崎秀実手記より。

尾崎秀実といっても、昭和史に興味がある人で無いとなかなか知られていない人物かと思います。
彼は、所謂ゾルゲ事件に連座し、ゾルゲ諜報団の首謀者の一人として死刑となった人、くらいの知識しか自分には無かったのですが、そんな言葉ではとても語りきれないような人物でした。

ざっと略歴をWIKI引用にて。

尾崎 秀実(おざき ほつみ、1901年(明治34年)4月29日 – 1944年(昭和19年)11月7日)は日本の評論家・ジャーナリスト・共産主義者、ソビエト連邦のスパイ。朝日新聞社記者、内閣嘱託、満鉄調査部嘱託職員を務める。

近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。

共産主義者であり、革命家としてリヒャルト・ゾルゲが主導するソビエト連邦の諜報組織「ゾルゲ諜報団」に参加し、スパイとして活動。最終的にゾルゲ事件として1941年(昭和16年)発覚し、首謀者の1人として裁判を経て死刑に処された。共産主義者としての活動は同僚はもちろん妻にさえ隠し、自称「もっとも忠実にして実践的な共産主義者」として、逮捕されるまで正体が知られることはなかった。

この彼が逮捕後、昭和17年2月から3月にかけて書いた手記が凄いのです。まずは、時期。昭和17年2月から3月と言えば、前年12月に真珠湾攻撃での勝利から日米戦争が勃発。その後日本軍は破竹の勢いで進軍を続け、シンガポールを陥落させたあたりに書いていた、というのが本当に凄いのです。
ここでは、1)彼が日本政府の中心に長らくいた近衛文麿のブレーンとして意思決定に重大な影響を与えていたこと。そしてその過程で、かなりの国家機密にもアクセス出来ていたこと 2)言論界に於いても気鋭の進歩的愛国者のジャーナリストとして高い評価を得ていたこと 3)手記は日本軍破竹の勢いの日米戦争初期の時期に書かれたこと を留意して読んでみてください。

では、まずは、彼の昭和17年初期の気持ちとして。

「私はこの第二次世界戦争の過程を通じて、世界共産主義革命が完全に成就しない迄も決定的な段階に達することを確信するものであります」

「大正十四年頃には共産主義を信奉するに到った」

「私が忠実なる共産主義者として行動する限り、日本の現在の国体と矛盾することは当然の結果であります」

「実践的な共産主義者としての私の行動自体が国家体制と如何に矛盾したかと言うことに真実の意味があると思われます」

「はげしい人類史の転換期に生まれ、過剰なる情熱を背負わされた人間としてマルクス主義を学び、支那革命の現実の舞台に触れてより今日に至るまで、私は殆どかえり見もせず、一筋の通を駆けてきたようなものでありました」

続いて彼がどのようなことを考えていたかです。

「帝国主義政策の限り無き悪循環即ち戦争からの世界の分割、更に新たなる戦争から資源領土の再分割という悪循環を断ち切る道は、国内に於ける搾取被搾取の関係、国外に於いても同様の関係を清算した新たなる世界的な体制を確立すること以外にありません。即ち世界資本主義に代わる共産主義的世界新秩序が唯一の帰結として求められるのであります。しかもこれは必ず実現し来るものと確信したのであります。帝国主義諸国家の自己否定に終わるごとき極度の消耗戦、国内新興階級の抗戦を通じての勢力増大、被圧迫民族国家群の解放、ソ連の地位の増大は正にその要因であります。
以上の如き予想に基づいて現実の形態と更にこれに対処する方式として私がしきりに心に描いたところは次の如きものでありました。
第一に、日本は独伊と提携するであろうこと
第二に、日本は結局英米と相戦うに至るであろうこと
第三に、最後に我々はソ連の力を籍(か)り、先ず支那の社会主義国家への転換を図り、これとの関連に於いて日本自体の社会主義国家への転換を図ること
でありました。」

「私が秘かに予想した所では、第二次世界戦争はその過程の裡に於いて社会経済的に脆弱なる国家ほど最も早く社会的変革に遭遇すべきものであるから日本も亦比較的速やかにかかる経過をとるあろうと考えたのであります。
これを最近の段階の現実に照応せしめて説くならば、日本は結局に於いて英米との全面的衝突に立ち至ることは不可避であろうことを夙(つと)に予想し得たのであります。勿論日本はその際枢軸側の一員として立つことも既定の事実でありました。この場合日本の勝敗は日本対英米の勝敗によって決するのはなく、枢軸全体として決せられることとなるであろうと思います。日本は南方への進撃に於いては必ず英米の軍事勢力を一応打破し得るでありましょうが、それ後の持久戦により消耗がやがて致命的なものとなって現れて来であろうと想像したのであります。しかもかかる場合に於いて日本社会を破局から救って方向転換ないし原体制的再建を行う力は日本の支配階級には残されておらないと確信しているのであります。結局に於いて身を以て苦難に当たった大衆自体が自らの手によって民族国家再建を企画しなければならないであろうと思います。」

「英米帝国主義との敵対関係の中で、日本がかかる転換を遂げるためには、特にソ連の援助を必要とするでありましょうが、更に中国共産党が完全なヘゲモニーを握った上での支那と、資本主義機構を脱却した日本と、ソ連の三者が緊密な提携を遂げることが理想的な形と思われます。以上の三民族の緊密な結合を中核としてまず東亜諸民族の民族共同体の確立を目指すのであります。東亜には現在多くの植民地、半植民地を包括しているので、この立ち遅れた諸国を直ちに社会主義国家として結合することを考えるのは実際的ではありません。
日ソ支三民族国家の緊密有効なる提携を中核として更に、英米仏蘭等から解放されたインド、ビルマ、タイ、蘭印(インドネシア)、仏印(ベトナム)、フィリピン等の諸民族を各々一個の民族共同体として前述の三中核体と政治的、経済的、文化的に密接なる提携に入るのであります。この場合、それぞれの民族共同体が最初から共産主義国家を形成することは必ずしも条件ではなく、過渡的にはその民族の独立と東亜的互助連環に最も都合良き政治形態を一応自ら選びうるのであります。なおこの東亜新秩序社会に於いては、前記の東亜諸民族の他に蒙古民族共同体、回教民族共同体、朝鮮民族共同体、満州民族共同体等が参加することが考えられるのであります。
申すまでもなく、東亜新秩序社会は当然世界新秩序の一環をなすべきものでありますから、世界新秩序完成の方向と東亜新秩序の携帯とが相矛盾するものであってはならないことは、当然であります。」

「私は第二次世界戦争は必ずや世界変革に到達するものと信ずるのでありますが、第二次世界戦争が何故に再び帝国主義諸国間の世界再分割に終わること無くして、世界変革に至るであろうとの見通しについては一応問題とするに足るであろうと思います。
私はこの第二次世界戦争の過程を通じて世界共産主義革命が完全に成就しないまでも決定的な段階に達することを確信するものであります。
その理由は第一に、世界帝国主義国相互間の闘争は、結局相互の極端なる破壊を惹起し、彼等自体の現有社会経済体制を崩壊せしめるに至るであろうということであります。
帝国主義陣営は型通り、正統派帝国主義国家群とファッショ派帝国主義国家群とに分裂しているのでありますが、この場合戦争の結果は、両方共倒れになるか、又は一方が他方を制圧するかであり、敗戦国家に於いては第一次世界大戦の場合と同様プロレタリア革命に移行する可能性が最も多く、又たとえ一方が勝ち残った場合でも戦勝国は内部的な疲弊と敵対国の社会変革の影響とによって社会革命勃発の可能性なしとしないのであります。
第二には、共産主義国家たる強大なソ連邦の存在している事実であります。私はソ連邦はあくまで帝国主義国家間の混戦に超然たるべきものであると考え、その意味に於いてソ連邦の平和政策は成功であると考えていたのであります。対ソ連攻撃の危険性の最も多い日本及びドイツが前者は日支戦争により、後者は欧州戦争により、現実の攻撃可能性を失ったと見られた時、私は以上の見通しが、益々確実になったことを感じたのであります。独ソ戦の勃発は我々の立場からは極めて遺憾なことでありますが、吾々はソ連がドイツに対し結局の勝利を得るであろうことを依然確信しており、その結果ドイツが最も速やかに内部変革の影響を蒙(こうむ)るべきことを秘かに予想していたのであります。
第三には、植民地、半植民地がこの戦争の過程を通じて自己解放を遂げ、その間にある民族に於いては共産主義的方向に進むであろうということであります。少なくとも支那に対してはかかる現実の期待がかけ得られると思われます。
以上の如き諸条件は世界がこの戦争の過程とその結果に於いて、帝国主義国家による世界分割に終わること無く、世界革命に到るべしとの予想の主たる原因であるのであります」

「私の立場から言えば、日本なり、ドイツなりが簡単に崩れ去って英米の全勝に終わるのは甚だ好ましくないのであります(大体両陣営の抗戦は長期化するであろうとの見通しでありますが)万一かかる場合になった時に英米の全勝に終わらしめないためにも、日本は社会的体制の転換を以て、ソ連、支那と結び別な角度から英米に対抗する姿勢を採るべきであると考えました。この意味に於いて、日本は戦争の始めから、米英に抑圧せられつつある南方諸民族の解放をスローガンとして進むことは大いに意味があると考えたのでありまして、私は従来とても南方民族の自己解放を「東亜新秩序」創設の絶対要点であるということをしきりに主張しておりましたのは、かかる含みをこめてのことであります」

「現在の我が国体の本質を我々の立場から見て如何に考えるかということは相当難しい問題であると考えます。日本が資本主義的に高度な段階、所謂帝国主義の段階に達した国家たることは問題の無いところでありますが、日本の国家体制は多分に日本的特殊性を含んでいるとみられます。一般には封建的諸勢力の力強い残存が指摘せられるところであります。資本家、地主階級による日本の現実の政治的支配体制はコミンテルン的には天皇制の名によって呼ばれております。日本の政治支配体制の中、最も特徴的な憲法制度に着目してかく規定したのでありましょう。日本の政治支配体制という意味からすれば勿論「天皇制」は我々と相容れるべきものではなく、これが打倒を目標としなければならないのであります。
但し私一個の私見を申しますならば、現在の日本の政治体制の本質を規定する言葉として「天皇制」なる言葉が正しいかどうかについて疑を持っております。
日本の資本主義の現段階の特徴は発達の後進性よりも寧ろ内部の均衡性にあろうかと思われます。かつ封建的な勢力がそのまま資本主義的な強力なる勢力として変形転化したところにあろうかと考えます。資本家(地主)=軍部(官僚)といった結び付きが政治推進力の本質的な中核をなして居るように見受けられます。結局に於いて日本の内外に於ける猛烈果敢な帝国主義政策が誰の利益に帰するかといえば言うまでも無く資本家階級の利益に帰するものではありますが、しかしながら日本に於いて最も特徴的な点は資本家階級もまたその代弁者たる政党も直接の指導力を持ち乃至は積極的主張者ではないことであります。且つ官僚も軍部も決して直接には資本家的利益を目指して行動するものでもなく、かえって主観的には独自の主観的意図に基づいて行動しつつあると考え、それのみか時には資本家抑制的に行動しつつあるときさえ考えていることであります。勿論かかる主観的意図にもかかわらず結論的には資本家的利益に帰着することはいうまでもありません。日本資本主義の現段階に於ける政治支配体制のうちで、資本家、地主、官僚(文官)等の占める割合比重等の測定は最も困難でありますが、しかし興味ある問題であろうと思われます。この点についての詳細な考察をするのはここでの目的ではありません。私自身よくわかりませんが、この際一方では日本資本主義における軍事産業の占める割合、日本大コンツェルンの軍事工業的比重の測定、他方では日本軍部内の封建的並びに資本主義的の両性格の絡み合い及び大陸、海洋政策と軍部との関係を究明することは以上の本質を明らかにする鍵を提供するものであろうと思われます。以上の瞥見によって知られるが如く、現段階に於ける日本の政治支配体制の上で天皇の憲法上に於ける地位の持つ意義は実は犠牲的なものに過ぎなくなりつつあるように見受けられるのであります。
以上の様な理由で、日本の現支配体制を「天皇制」と規定することは実際とは合わないのではないかと考えているのであります。更に一歩を進めて共産主義者としての戦術的考慮から見ても「天皇制」打倒を、スローガンとすることは適当ではないと考えます。その理由は日本に於ける「天皇制」が歴史的に見て直接民衆の抑圧者でもなかったし、現在に於いて、如何に皇室自身が財産家であるとしても直接搾取者であるとの感じを民衆に与えてはいないという事実によって明瞭であろうと考えます。私一個人としては別に皇室とは何らの関係も無く恩もなくまた恨みもありません。妙な言い方でありますが、これは少なくとも、天皇を宗教的に信奉するかなりの日本人以外の普通の日本人の感じ方であろうと思います。革命的スローガンとしては民衆の直接の熱情に働き掛け得らるる如きものでなくてはならないのでありますから、その意味でも「天皇制」を直接打倒の対象とすることは適当ではないと思われます。問題は日本の真実なる支配階級たる軍部資本家的勢力が天皇の名に於いて行動する如き仕組みに対してこれにどう対処するかの問題であります。しかしながらこの場合に於いても真実の支配者の役割とその大衆に及ぼす意味とを明にしてこれを直接攻撃の対象とすべきものであろうと考えます。
なおここに一言付け加えておきたいと思いますのは国家としての日本、及びソ連とを比べた場合の私のこれに対する考え方であります。私達は世界大同を目指すものでありまして、国家的対立を解消して世界的共産主義社会の実現を目指しているのであります。従って我々がソ連を尊重するのは以上の如き世界革命実現の現実過程に於いてソ連の占めている地位を意義有るものとしての前進の一里塚として少なくともこの陣地を死守しようと考えているに過ぎないのであります。何も世界をソ連のために献上しようと考えているのではないことは特に言うまでもないところと思います。社会主義は一国だけで完全なものとして成立するものではありません。世界革命を待って始めて完成するのであります。全世界に亘る完全な計画経済が成り立って始めて完全な世界平和が成り立つものと思われます。この意味から言えば現在世界の再分割を目指す日本のファシスト達が大地域ブロック化、例えば「東亜共栄圏」までの範囲しか考えていないことは不徹底であると考えます。必ずその次にインター・ブロックの激しい抗争を引き起こすことは当然だからであります。
世界的共産主義大同社会が出来たときに於いては国家、及び民族は一つの地域的、あるいは政治的結合の一単位として存続することとなるのでありましょう。かくの如く私は将来の国家を考えているのであります。
この場合所謂天皇制が制度として否定され解体されることは当然であります。しかしながら日本民族のうちに最も古き家としての天皇家が何らかの形をもって残ることを否定するものではありません。」

改めて書きますが、このことを尾崎秀実は昭和17年の2月から3月に書いて、且つそれを官憲に積極的に見せ、取り調べでも語っているのです。そして、この言・見立ての通りの行動を昭和16年10月に逮捕されるまで積極的に動いていたのです。私はこれを読んで、日本史上最大の共産主義革命家とは彼のことではないかと思いました。これを読まれた方は、どのような感想を持つのでしょうか・・・?


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