以前から、慶應義塾の塾歌を聴いていると、冒頭のどこかに「海ゆかば」と似た響きを感じることがありました。
もちろん、歌詞も旋律もまったく違う曲です。
それでも、特に曲の最初の部分に差しかかると、「あれ、この響きはどこかで聴いたことがある」と感じます。
そこで改めて調べてみると、これは単なる印象だけでもなさそうです。
両曲には、作曲者が信時潔(のぶとき・きよし)であるという共通点があります。
そして冒頭の和声を比べてみると、実際にかなりよく似た動きが使われていることが分かります。
作曲者はどちらも信時潔
「海ゆかば」は1937年に発表された信時潔の代表作の一つです。
一方、現在歌われている慶應義塾塾歌も信時潔の作曲で、1940年に完成しています。
つまり、ほぼ同じ時期に同じ作曲家によって書かれた作品です。
だからといって、それだけで「似ている」と決めつけることはできません。
興味深いのは、実際に楽譜の和声を追ってみても、両曲の冒頭に共通する特徴が見えてくることです。
両曲の冒頭を同じ調で比べてみる
比較しやすくするため、両曲をハ長調(C major)に置き換えて、細かな経過音や転回形を省き、和声の大きな流れだけを取り出してみます。
| 曲 | 冒頭の和声の骨格 | 機能和声 |
|---|---|---|
| 慶應義塾塾歌 | C → Dm → Em → G7 → C | I → ii → iii → V7 → I |
| 海ゆかば | C → Dm → Em → G7 → C | I → ii → iii → V7 → I |
もちろん、実際の楽譜では内声の動きや転回形、旋律に伴う細かな和音の変化があります。
したがって「両曲が一音一音まったく同じコード進行」という意味ではありません。
しかし、大きな和声の骨格として見ると、
C → Dm → Em → G7 → C
という流れが非常によく似ています。
特に印象的なのは「I → ii → iii」
個人的に一番面白いと思ったのが、最初の
I → ii → iii
という進行です。
ハ長調なら、
C → Dm → Em
となります。
根音だけを見ると、
C → D → E
と、一段ずつ上へ上がっていきます。
校歌や行進曲のような堂々とした曲であれば、
C → F → G → C
という、いわゆる「I → IV → V → I」の非常に明快な進行でも十分に成立します。
ところが信時潔は、主和音からすぐ下属和音へ行くのではなく、
C → Dm → Em
と和音を階段状に持ち上げていきます。
このため、音楽がいきなり進むのではなく、何か大きなものが徐々に立ち上がってくるような独特の緊張感が生まれます。
そして、その上昇のあとに、
G7 → C
という非常に力強い属和音から主和音への解決が来ます。
言ってみれば、
じわじわと上昇する
↓
緊張が高まる
↓
最後に堂々と主和音へ帰る
という呼吸です。
この「呼吸」が二曲でよく似ているため、旋律そのものが違っていても、耳にはどこか共通した印象として残るのではないでしょうか。
旋律そのものは、それほど似ていない
ここが逆に面白いところです。
「海ゆかば」と慶應義塾塾歌は、メロディーだけを取り出して比べると、それほど似た曲ではありません。
ところが伴奏、つまりその旋律を下から支えている和声を聴くと、急に共通性が見えてきます。
私たちは曲を聴くとき、旋律だけを記憶しているわけではありません。
その下で鳴っている和音や低音の動き、テンポ、拍子、音楽全体の「構え」まで含めて一つの印象として聴いているのでしょう。
そのため、「メロディーは違うのに、なんとなく似ている」ということが起こります。
両曲に共通する「力強さ」
もう一つ興味深い共通点があります。
信時潔の楽譜を見ると、「海ゆかば」も慶應義塾塾歌も、曲頭に「力強く」という趣旨の発想指定が置かれています。
さらに、どちらも4拍子を基本とし、長調の明快な響きと重厚な和声を持っています。
ただし、両曲の性格は同じではありません。
「海ゆかば」はテンポが比較的遅く、荘重で、祈りや鎮魂を思わせる響きを持っています。
これに対して慶應義塾塾歌は、より速く前進するテンポで、同じような力強い和声を使いながら、行進や宣言、昂揚感の方向へ音楽を進めています。
つまり、同じ作曲家の同じような音楽語法を使いながら、
「海ゆかば」は荘重に、
「慶應義塾塾歌」は前進するように
表現している、と考えると分かりやすいように思います。
「同じ曲」なのではなく「同じ作曲家の言葉」
この二曲を比べていて感じるのは、「似ている」という言葉にもいろいろあるということです。
旋律をそのまま転用したわけではありませんし、曲全体の構成も目的も違います。
それでも、
- 主和音を堂々と置く
- ii、iiiと和音を階段状に上昇させる
- 属和音で緊張を高める
- 主和音へ力強く戻る
- 重厚な四声的な響きをつくる
といった特徴には、確かに共通するものがあります。
これは「海ゆかばの一部を塾歌に流用した」と考えるよりも、
1930年代後半の信時潔が持っていた音楽上の語彙、いわば作曲家自身の“言葉遣い”が両曲に表れていると捉える方が自然でしょう。
音楽を聴く耳は、意外に和音を覚えている
今回この二曲を比べてみて、一番面白かったのはここでした。
最初は単純に、
「塾歌を聴いていると、なんとなく『海ゆかば』に似ている気がする」
という程度の感覚でした。
しかし楽譜を追ってみると、その感覚の背後には、
I → ii → iii → V7 → I
という、かなり具体的な共通点がありました。
普段、曲を聴くときには「コード進行を覚えよう」などと思って聴いているわけではありません。
それでも人間の耳は、旋律だけでなく、その下にある和声の動きまで知らず知らずのうちに覚えているのかもしれません。
そして何十年も経ってから別の曲を聴いたとき、
「何か似ている」
と感じる。
今回の慶應義塾塾歌と「海ゆかば」の比較は、そんな音楽の聴こえ方についても、なかなか興味深い例だと思います。
※本文中のコード表記は、両曲を比較しやすくするため調をそろえ、転回形・経過音・内声の細かな動きを省略して和声の骨格を示したものです。実際の楽譜が全小節にわたって同一のコード進行であるという意味ではありません。
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