総選挙をきっかけに、国家運営、とりわけ安全保障と日米関係について深く考える機会がありました。
本稿では、その対話の中で見えてきた現実認識と、日本が進むべき方向性について整理してみたいと思います。
■ 戦後体制としての日米関係の現実
太平洋戦争の結果、日本の安全保障体制は大きく変化しました。
- 在日米軍基地の広範な配置
- 首都圏を含む航空管制への米軍の関与
- 兵器体系・指揮運用の米軍仕様への連接
これらを踏まえれば、日本の安全保障は形式上の主権国家という枠を超え、
同盟一体型の構造の中で成り立ってきたと言えます。
この状況のもとで、アメリカと他国を等距離に扱う「完全なバランス外交」を想定することは、
現実的には極めて困難でしょう。
■ それでも戦後日本は成功した
しかし、この構造を単純に否定的に捉えるだけでは、
戦後日本の歩みを正確に評価することはできません。
安全保障コストの多くを外部に依存できた結果、日本は
- 経済成長への資源集中
- 社会の長期安定
- 世界最高水準の国民生活
を実現しました。
言い換えれば戦後日本は、
大きな制約の中で最適解を追求し、卓越した国家運営を成し遂げた
とも評価できるのではないでしょうか。
■ 「自主独立防衛」を失ったという認識
一方で、あの戦争の帰結として日本が
自主独立による防衛体制を失った
という現実も、冷静に認識する必要があります。
これを感情的に否定するのではなく、
まずは歴史的事実として受け止めること。
そこからしか、次の議論は始まりません。
もし真に自立を志向するのであれば、
- 米軍撤収までの現実的工程
- 独自防衛体制の財政・人員・時間
- 国際環境の変化への対応
といった具体的ロードマップが不可欠です。
それなくして語られる独立論は、現実を伴わない理念に留まってしまいます。
■ 現実的選択としての「同盟内主体性」
こうした前提に立てば、現実的な方向は
日米同盟を基軸としつつ、その中で主体性を高めること
にあるように思われます。
それは従属でも対立でもなく、
- 戦略を率直に議論できる関係
- 役割分担を最適化できる関係
- 国際安全保障を共同で設計できる関係
――すなわち、
同盟の中核的構成要素としての日本
を目指す姿です。
■ 「社長と専務」の比喩が示すもの
この関係性は、企業経営にたとえると分かりやすいかもしれません。
会社の進路をめぐり、
- 社長と専務が率直に議論する
- できる限り対等に意見を交わす
- しかし最終決定は社長が担う
――このような構造です。
完全な対等ではない。
しかし、対話と信頼によって実質的な対等性を高めることはできる。
日米関係もまた、そのような成熟を目指す段階にあるのではないでしょうか。
■ 日本が向き合うべき本当の課題
重要なのは、理念的な独立か従属かという二項対立ではなく、
この現実の中で、いかに国力と主体性を高めるか
という問いです。
その核心は、
- 産業と技術の強化
- 人口減少への対応
- 意思決定制度の改革
- 安全保障実行力の向上
といった、国家運営そのものにあります。
■ 終わりに
日本は非常に住みやすい国です。
しかし同時に、国際的指標は緩やかに低下しています。
この静かな分岐点において必要なのは、
戦後体制の現実を直視し、その上で最適解を設計する冷静さ
ではないでしょうか。
独立か従属かではなく、
同盟の中で主体性を高め続ける国家へ。
その長い過程こそが、
これからの日本に求められている道なのだと思います。