景気がいい時、勝っている時、順調な時などはおのずと気分も良くなり、会話も自然と楽しいもの、鷹揚なものになります。
不景気の時、負けている時、困難な時などはおのずと気分も悪くなり、会話も自然と暗くなったり、慰め合ったり、悪者を見つけて攻撃したくなったりします。
例えばWBCなんかいい例ですね。あれほど叩かれていた原監督も終わってみれば名監督。自分としては、とっても思っていた通りの流れだったと勝手に自画自賛したくなるような流れでした(もしご興味あればWBCネタをさかのぼっていただければ幸いです)が、WBC終了後に出版・公開されているものを読むと「困難な状況を乗り越えていった勇者」「選手を信じ切り、大胆な采配をした名監督」といったくくり以外のものは、ほとんどありません。あと皮肉のように「11球団の力を結集して」と、バスに乗り遅れたことを揶揄するくらいですね。
日露戦争が終わった後も、そんな状況だったようです。勿論自分はその時代には生を受けていないので、書物等によるととしか言えませんが。苦戦の連続で、何とか薄氷を踏む思いで、負けずにすんだといった内容の戦争が、終わってみれば小国日本が大国ロシアを打ち負かした偉大な戦争(勿論偉大な部分は多々あったと思います)といったくくりで、冷静に振り返ることはほとんどなかったようです。
それに対して太平洋戦争は負けたこともあり、陸軍横暴論、大本営無能論、海軍無力論などいろいろな悪者が登場したり、だから自分は反対だったと言ってみたり、まあなんてひどい戦争だったんだという論調が多いので、あの時点でどうすれば戦争を回避できたかとか、負けずに出来たかといった論点も余り見たことがないです。
よく「KY」という言葉がちょっと前に使われていました。これはつまり「空気が読めない」という意味で使われていました。しかしこれは本来の使われ方ではありません。本来は「危険予知」です。この言葉の使われ方に我々が抱える問題点があると思うのです。すなわち「危険予知」の方が物事に対して対処する際は大事なのに、それより「空気を読め」ということをより重視してしまう。
誤解を恐れずに敢えて触れさせて貰います。
今回の高校野球の選抜大会において、愛する母校の敗退もあり、ちょっと悲しい気分になっていた、これまた自分の愛する掲示板で諍い(いさかい)が起き、それが拙ブログにも多少飛び火していました。
というのは、その掲示板では、拙ブログにもよくお越し頂く高校野球に大変造詣の深い方が試合前に
「第一試合は始球式があるので、その際は黙って見て、終わったら拍手しましょう。」
といった趣旨の書き込みをしました。
ところが実際の試合では、それを失念してしまったのか、もしくは全く知らなかったのか始球式の最中から応援を始めてしまっていました。
そのことが他の高校野球関連の有名ブログに書かれたこともあり、試合後に再度造詣の深い方が
「だから最初に言っておいたのに。気をつけましょうね。」
と書き込みました。
ここから、日頃のこともあったようで、事態がヒートアップしていったように思えます。
つまり最初「KY(危険予知)」のつもりで指摘したことが、いつの間にか「KY(空気が読めない)」な行動だということで非難されてしまった、ということです。
でも、それがそこまで叩かれる行為なのかなとは思っていました。私の知っている限り、その方は以前の投稿されていた文とは大分変わり、攻撃的な文章でもなくなり、高校野球を楽しむ空気に包まれた書き込みを為されていたので、少なくとも自分が読んでいる限りでは不快感は全く感じず、むしろ始球式で投げていた小学生に悪かったなあと思ったくらいでした。
言葉は時に残酷です。善意の指摘のつもりが相手を傷つけたりします。相手の顔が見えないと、読むべき空気の源が見えないだけに、余計に荒い応酬になることがあります。
そうならないようにするためには、その場所に参加している各々の方々の考えと自覚というかしかありません。
その場所をどういった趣旨のものにしたいのか、その考えに尽きると思います。
ある方がこの一連のことを評して、「伝統的高校野球フリークが、非常に特殊な野球部を贔屓にしてしまった悲劇」とされていたのですが、私もその通りだと思っています。だから、あの場所での雰囲気はともかく、その方の無念もまたよくわかる気がするのです。
以前にも野球のみならずいろいろなことに造詣の深い方が、やはり「KY(危険予知)」のつもりが「KY(空気読めない)」に取られ、問題になってしまっていました。
そしてそういった方々からコメントを頂いていることを考えてみれば、拙ブログはなんだか梁山泊みたいですね[E:coldsweats01]
少なくとも今言えることは、自分はそういった会話を重ねることからいろいろな知らない面が見えてきて、それが興味深いと思っているので、これからもそういったやりとりを楽しみたいです。
おおらかに楽しく、時には熱く、でもタイトル名の通り適当に、これからもお話しできたらいいですね[E:happy01]
私も独立さんのブログに3度も避難してきたものですから、その方の無念のお気持ち、よくわかります。
(ただ好意で情報を提供していたのに、
なぜ?
というお気持ち)
団長さんの対応のご苦労も・・・
独立さんには申し訳ありませんが・・・
こちらに登場させてください。
文武両道さん
コメントありがとうございます。
梁山泊の住民の方ですね[E:bleah]
ようこそおいでくださいました。なんて悪ふざけをして、申し訳ありません。
相手の気持ちを理解することと空気を読むということは似て非なるものだと思います。相手の気持ちを理解すること(というか、本当はしようとすることですね)は、どんな場面でも必要です。駆け引きをする上においても。でも空気を読むと言うことはどこまで必要なのかなあと。その辺りのバランスが難しいところであり、自分もよく失敗をしています。(実はこの前も[E:coldsweats01])
何度も繰り返しにはなりますが、拙ブログでは別に気にしていませんし、どうしてもまずいなあと思えばそれなりの対処が出来るので(一応管理人ですから)、これからもいろいろなお話しをお聞かせくださいね。
昨日の私塾で、三木清の戦時中の著作についてレクチャーしたところ、余りにも難解な表現に出席者から、苦情が出ました。
「この歴史哲学は、三木が昭和5年に投獄から釈放後、教職を失い、官憲の監視のもと精一杯の苦心の表現をしたもので、発言しないことによる知識人の責任の放棄をせずにすませるための難解さなのです。現代では何でも言える、それゆえ言葉が容易に理解できる表現を使える。それは逆に思想の深化を妨げている。」
私はマスコミ報道やブログでの存在の余りにも軽い、
言葉のやりとりにこそ危うさを感じると言いました。
こんばんは。
私もコメントさせていただきます。
デリケートなお話なので、どの様に触れようか考えていたら時間ばかり経ってしまいましたので、徒然なるままに思ったことを反芻してみます。
ジキルとハイドの様に相反する思いがあったことを先にお断りしつつご容赦いただきたいと思っています。
・以前、去年の夏だったか、同じ様に応援掲示板で老爺心的に教えてくださったことを生かせなかった事があったなぁと思い起こしました。挨拶の話だったかなんだったか・・・うーん。ともかくそれも伏線だったかなとチラッと。
・自分もアルプスにいたのですが、両校選手が整列し挨拶を済ませベンチに戻ったところで、さぁ攻撃だ!というムードのままブラバン演奏が始まりました。始球式を告げる様な場内アナウンスは良く聞こえませんでしたが、目の前の光景が明らかに始球式で、「先輩の言っていた事はこれだ、このタイミングなのか?!」と気づいて思わず自分の唱和は息を呑んで止まりましたが演奏は止まらず。自分はこれを制止させることも出来ず流されて、結局歌いきってしまいました。。。
この時、「あーこれは掲示板内外問わず、また言われるだろうなー」と思っていました。
・それと同じくして、何で学校関係者の誰も始球式の有無、タイミング、作法の伝統を知らないんだろう??と疑問に思いました。
高野連からは何のレクチャーもマニュアルも事前の指示も無かったのか??
指導教員には何の情報ももたらされていないのか??
両校の応援指導部を交えた高野連主導の事前打ち合わせはなかったのか??
・高野連が始球式中の作法を指導しないというのであれば、もしかしたら決まった作法は存在していないのでは??
単なる紳士的な「マナー」としての所作が要求されているのか??
・塾関係者よりも知識と経験をお持ちで、かつ伝統に染められた「甲子園の様式」を好んでらっしゃる本件の先輩ですが、キャリアがおありなだけに要求レベルが高く厳しいものがあり、「3期連続出場ならちゃんとせい」という事なのかもしれないけれど、コメントを拝見すると積み重ねられた知識を結構ひけらかしておられる様にも見えるところがあって(塾旗掲揚場所など)、結果、高校野球愛好家vs身内の応援者という図式になってしまったかなと。(大変失礼で申し訳ありません。敢えて誤魔化さないで書きます。)
・最終的に「当事者意識」ってやつの大切さを痛感しました。。。
仕事始めの訓示などでよく言われるのですが、何でも他人事と思わず自分は当事者なんだ、という意識をもって物事に当たる。これが組織を変革しより良い方向に向けさせるために大事な要素だと思います。
理想は「意識があれば自然と行動できる」なのですが、小生は残念ながらそこまで至っておりません。もし小生に真の当事者意識があれば、いくら指揮者との距離が離れていても恥らいをかなぐり捨てて大声を出して演奏を制止できたかもしれません。掲示板で先輩の情報を得た後に学校に直接働きかける事だって発想できたかもしれません。「誰かが情報提供してくれるよ」「当人達は解かっているでしょう」「高野連が指導しているはずだ」「自分はただの一ファンで、特別な人脈も権限も無いし」という事を皆が感じていた結果、と思えてなりません。
・他の学校はどうだったんだろう・・・皆訓練され行き届いた応援部なんだろうか。
・起立して塾歌斉唱の際に未だに脱帽しない輩も多いわけで、様式美を感じていないそんなOB連が多いわけで、やっぱり志が低い集団なのか。。。
土曜日宇から数日間、こんな事を考えてました。
人をリードして引っ張っていくか、自分だけの美学に留めるか。
中間は無いのかな、とも思います。
ここにコメすることがKYか(汗)
げんきさんのコメに他校の応援部について書かれていたので少し。。
まず、私が住んでいる埼玉に、六大みたいな高校版六校応援団連盟があります。(以前。掲示板にも書きましたし、ある方のブログにも書かれていた記憶が)
青島さんの出身の春日部高校が塾指導部より指導を受け、その後県内の浦和・熊谷・松山・不動岡・川越の応援団とともに年1回六旗の下にではなく日輪の下にというのを開催しています。本年も2月に行いましたが、2校が部員不足で参加出来ない悲しい発表会でした。
今回のセンバツでも大分の上野が丘が以前あったと記事で読みましたが。近年は生徒不足ややはり応援部への印象かどこも苦しく。学校全体で大会にあわせて結成するのが多いようです。現に翌日の第一試合の南陽工業は相撲部と柔道部の子が旗持ちのお手伝いとかで。あのスタンドの大きさ。とても少数の生徒だけでは無理があります。また今大会は球場の施設そのものが変わってしまい、主催者も色々と大変だったようです。げんきさん、そんなに自分を責めないで下さい。
追記・ニューバージョンのHN・略すと。。。(汗)
黄勇♪さん
レスポンスありがとうございました。
日輪の下に~のお話は以前拝見した覚えがありました。
なるほど~実は各校とも応援団については苦労があるのですね・・・それと比べると塾高は恵まれているのですね。
応援組織が各校マチマチなら高野連の指導を期待する事はできないと考えると、やはり「心」のウェイトが大きいかもしれませんね。
「心」で行動し、「心」から応援する。
さすれば思いやりを持てる様になるでしょうからマナー問題なんて発生しませんよね!
野球部と同じく応援も進化して行きたいですね!
文武両道さん
コメントありがとうございます。
寡聞にして三木清さんのことは存じ上げなかったのですが、戦前の論壇でいろいろと苦労された方だったのですね。ただのマルクス主義者とならなかったところがすごいです。
言葉を余りにも自由に発することが出来る故に軽くなってしまう言葉。自分は「綸言汗のごとし」という言葉が思い出されます。それと比較しての為政者の言葉の重さはどうか?自分はしっかりと考えた上で言葉を発しているか。「過ちを改めるにはばかる事なかれ」とも言いますが、やはり一言一言を考えた上で、その言葉に責任を持って発言していくことが大事ですね。
げんきさん
コメントありがとうございます。
人間の心はデジタルのように0と1だけで表現できるものではなく、やはりアナログのように曲線を描くものだと思います。
なので、矛盾もあるし、理論的でない部分もある。
電車に乗っていて目の前でタバコを吸う若い輩がいました。そのときどうするか?ちゃんと注意するか。でもこの物騒な時代に、下手な目に遭うのもどうか?
幕末に志士たちが信奉した考えの一つに「陽明学」という儒教の一派があります。その中の言葉に「義を見てせざるは怯なり」というものがあります。それを貫き通すと、いろいろな偉業も成し遂げていきますが、勢い暗殺されかねなくもなります[E:sweat01]
結局、どんな道でも間違いというものはないと思います。ただ、自分としてはどう生きていきたいか。げんきさんが書かれていたように、まさしく自分の美学に反しているかいないか、それが判断基準となるんでしょうね。
さて、自分はきちんと自分の美学を持てているんだろうか・・・。
黄色と黒は勇気のしるし♪さん
コメントありがとうございます。
KYだなんてとんでもない。とコメントを書いたところで追伸の意味がやっとわかりました[E:happy01]さすがに、冴えていますね!それまでは杞憂とかかなあなんて思ってしまっていました。
応援部はどこも苦労していますね。かくゆう塾高の応援指導部も77回大会の時は部員が1人しかいませんでしたからね・・・。今の隆盛が不思議なくらいです。
自分も甲子園の応援事情にそれほど詳しいわけではないのですが、大会前に関係者関係高校で集まって、進行を話し合うのも一つの手ですね。折角の伝統をうまくつないでいきたいですよね。でも関係者は本当に大変だろうし、それを運営されている方々の苦労も並大抵ではないでしょうね。本当にありがたいことです。