コネタマ参加中: 思わず冷や汗をかいた経験を教えて!【ココログ選手権】
ちょっと中休みと言うことで、コネタマを。
今回のお題は「思わず冷や汗をかいた経験を教えて!」とのこと。
あれはちょうど昨年の11月頃です。
お客様がうちの会社にするか、それとも他社にするかを判断するために、会社が休日の日でしたが来社されたいとのことだったので、勇躍出社することに。
そしてご案内させていただき、お客様はお帰りになりました。それなりに伝えることも出来たかなと思って自分の席の椅子に座ってみると、あることに気づきました。
背広の上下が違うものだ・・・。それも上が紺で下がグレーならまだしも、上がグレーで下が紺・・・。
ありえない・・・。
それから2週間後、お断りのお知らせが来たのはこれと関係があったのでしょうか・・・。
あれ以来、背広の上下は必ず出る前にもう一度チェックするようになりました[E:coldsweats01]
まだ20代の後半、秘書室から社長代理で経団連での国際会議に出席依頼。
何と2大商社の社長が両隣。もちろん私が代理であることは一目瞭然。
「あなたは若いのだから」とワインを両方から注がれて恐縮したり、ワインのせいもあって赤くなったり・・・
その後、両社の社長のご子息がなぜか入社され
私が教育係に・・・
今度は私の席の両隣にご子息が・・・
今年の夏の甲子園の2日間雨天順延。あわてて休暇を1日延長。。。(被害にあわれた方にはお見舞い申し上げます)
ちなみにこれは結構美味いです
http://kobaresipi.exblog.jp/
今日は前広島監督古葉さんが監督を務める東京国際大との1戦。
朝、曇っていたので出かけましたが、猛暑でダウン。
福島キャンプから洩れた選手、湯浅、原子君が4年生で3、4番。
あとは主に塾高の1、2年生。両鈴木君も出場しました。
湯浅君が4年生の貫禄でヒットを量産しましたが、1、2年生は、まだまだ厳しいという感じでした。高校のオープン戦ダブルの初戦を観て、タクシーで駆けつけた塾高OB、
「白村君でもプロはおろか大学でも厳しいと思うよ。なにせ塾高を卒業するためには、夏が終わったら野球どころではない勉強漬けだから・・・・」
管理人さん、げんきさん、あごらさんの『勉強しなかった』をそのまま信じて、あとは受験勉強をしなくていいから、『野球だけ』・・・もし進学なら1年スタートから先発でフル回転は無理な期待のようです。
文武両道さん
コメントありがとうございます。
さて、それはそれは冷たい汗が流れてきそうな状況ですね[E:coldsweats01]
ただそういった方々とお話しすることはいろいろと勉強になったのではないでしょうか?そこで臆するような文武両道さんでもないような気がしますし[E:happy01]
ご子息とのお話は、縁の不思議さを今更ながら感じるお話しですね。そうやってお話しは輪廻していくのですね。
黄色と黒は勇気のしるし♪さん
コメントありがとうございます。
確かに予期せぬ延期は休暇とも絡むので、冷や汗が出ますよね。そう言えば春の時に自分も冷や汗をかきました[E:coldsweats01]
ちなみに冷や汁、ただ単に季節にあった美味しい料理のご紹介かと思っていましたが、お題に合わせたお話しだったんですね!う~ん、さすがです!
文武両道さん
コメントありがとうございます。
今日はオープン戦だったのですね。
塾高12年生、まだ金属バットから木製バットへの移行がうまく行っていないのでしょうか?高校時代のバッティングを思い出すと、そんなことを思います。
湯浅君、貫禄を示しましたね。ブログでもなかなか良いことを言っていますよね。思わず書き込んでしまいました。
白村君、何かと人をハラハラとさせてくれる面白い子ですね。勉強状態が今どうなのか推し量る術すらありませんが、学生の本分たる部分でも頑張ってほしいですね。でもあれだけ野球に対する向上心、研究心があるのだから、勉強も伸びそうな気がしますよね。
どちらかというと、塾高で活躍した選手がどこかに故障を抱えてしまっていることが気になります。白村君には体のオーバーホールもしっかりやって、万全の状態に早く戻ってほしいものですね。
> 夏が終わったら野球どころではない勉強漬けだから・・・・
何しろ2期制ですから、9月に前期末試験なんですよね。
それからすぐ後期が始まり、進学のための成績は、確か3年次の成績の平均じゃありませんでしたっけ?
もし仮に、前期の中間がヒサンだったら、後を頑張らないと、というのはあるかもしれませんね。
それにしても、去年の週刊朝日増刊の「2008甲子園Heros」の「ぼくたちの自己紹介」(出場全校の選手紹介)で、鈴木祐司君が、「今まででいちばん印象に残ったできごとまたは思い出」という項目について、甲子園春夏出場と並んで、世界史「17A」(20点満点の評価です)と答えているのには正直思わず吹いてしまいました。
苦手科目だったのかな?
でも、みんな結構勉強できるんじゃないか、と思ったものでした。
> でも、みんな結構勉強できるんじゃないか、と思ったものでした。
ごめんなさい、こういう風に書くと、何だか馬鹿にしたように読めてしまいますね。
すごいな、って思ったんです。
自分の方は…何しろ自由落下運動でしたから、3年次なんて、もう加速度がつきまくっていて…(泣)
塾高の成績、懐かしいな・・・
僕らの時は、3年間の全成績に学年別のウェイトを掛けて合計し、3年の推薦参考テストの結果を加味してランキングされていましたね。
確か当時は10点満点換算の総合評点で6点代でないと法律学科には進学できなかったですよね・・・
法律学科の方が経済学部より人気が出た時代だったと記憶しています。経済学部のほうが推薦の定員が多かったから倍率が下がったのかもしれませんが。
本当は、進学先の人気なんて考えてちゃダメですけどね~
高校生当時の僕もまだ先を考えていませんでしたね・・・
ただ推薦参考テストの受験科目の選択で理工学部への進学の可否が決定されていましたが(理工や経済は数学必修だったはず)、大学進学を決定する時分で所謂「文系」「理系」の進路が決定されてしまっていた事に社会人になってから気付きました。今の高校生にとっては、随分と早い時期に人生の選択を迫られていたのだなと・・・
文系学生が企業に就職した場合、所謂SEといわれるソフトウェアやコンピュータ系エンジニアを除けば、研究開発、技術職には配属、転属されません。
理系卒は全ての職種に就ける可能性がありますが、文系は「文系」というレッテルにより、実は最初から職種が狭められているんですよね。(勿論、自分で勉強し希望し行動し続ければどんな職にも就ける-転職も含め-訳ですが。)
いまだ自分の天職が何なのか見出せていませんが、お盆休み明け頑張ってオシゴトしま~す!
> 法律学科の方が経済学部より人気が出た時代だったと記憶しています。
私の頃は、かろうじてまだ経済学部の方が上位でしたが、法律学科の人気がそろそろ出てきた感じでした。
資格職を考えて、ということだったと思います。
ロースクールができてからは、どうなってるのかはわかりませんが、高校在学中から既に司法試験予備校に通っていた人までいましたからね。
この点、会計士試験に強い商学部はどうなんでしょうね。
私の頃は、商学部はそれほど人気がある学部というわけでもなかったように記憶していますが。
どちらの試験も、合格率3%、平均合格者年齢29歳といわれた時代です。
> ただ推薦参考テストの受験科目の選択で理工学部への進学の可否が決定されていましたが(理工や経済は数学必修だったはず)、大学進学を決定する時分で所謂「文系」「理系」の進路が決定されてしまっていた事に社会人になってから気付きました。
そうなんですよね。
私も理科も数学も全くダメだったので捨ててしまい、結局行き先の選択肢が殆どない状態に…
まあ、選択肢があっても同じことだっただろうけど。
あごらさん
コメントありがとうございます。
自分の時代はげんきさんが書かれたような制度でした(当たり前ですね)。多分、今もそうなんじゃないでしょうか?ただ20点満点だったかというと、自信がないです。
いや、あれだけ野球を一生懸命やっているにも関わらず勉強がそれだけ出来るというのは、本当に凄いと思います。上田監督の方針もあるのでしょうね。
げんきさん
コメントありがとうございます。
確か2年か3年で文系か理系を選択しませんでしたっけ?なので学部選択の時は、すでに理系の学部は選べなかった気がします。
法律学部法律学科の人気が高かった大きな理由が「数学とおさらば出来る」だったような気がしますが、実は自分の時から数学無しの経済学部の入試が始まり、自分は数学無しの経済学部コースにしたのです。おかげさまで大学1年の時は、高校1-2年生くらいに戻った数学の授業を受けることが出来て、逆に良かったなあと思っていました。
確かに文系の方が言われてみれば職種が狭いですよね。今だったら理系も面白かったかなあと思います。代数は苦手でしたが、幾何とか証明問題は好きで、あとは物理なんかも好きだった(得意とは言いません)ので。
自分は今の仕事が転職となるよう、これからも努力していきたいなあと思っています。そう考えるとやはり理系に進んでみても・・・[E:coldsweats01]
あごらさん
コメントありがとうございます。
なるほど!確かに資格試験で法規は殆どの場合絡みますし、法律学科が人気が出てきたのはそういった理由があったからなんですね!数学嫌いだけではそうはならないでしょうから。
商学部は自分の時代もそれほど高い人気を誇る学部ではなかったように思えます。でも塾高出身の塾野球部では、中林君を始め商学部の人が多いですね。
塾高の各科目の成績は確かに20点満点でしたが(20〜17がA、16〜13がB、12〜8がC、7〜4がDでしたね)通年の総合成績は10点満点で小数点以下第2位までの数値になってましたね〜
推薦参考テストは一個下の学年から確か廃止にされたとか聞いた気がします。
親の希望していた学部に行かず、推薦内定当日に親父からボロクソ言われた覚えがあります。(イヤな思い出…)
訂正です。
20〜16A、15〜12B、11〜8C、7〜4D でしたね…
げんきさん
コメントありがとうございます。
さて、よく覚えていますね~[E:coldsweats02]
なるほど、親の希望の学部があったんですね。まあ、義塾に思い入れの深い方ですから・・・。でもそれを押し通して自分の行きたい学部に行ったのだから、意志が本当に強かったんですね!
> げんきさん
もしかして、お父様も塾員でいらっしゃいますか。
それも、普通部もしくは幼稚舎からとか?
(すみません、管理人さんの問いかけから勝手に妄想してしまいました…)
塾をよく知る人であるほど、(自分の目から見て)最も良いと思える道を、我が子には進んで欲しいと思ってしまうのかも知れません。
例えば、現在、私の息子は幼稚舎生なのですが、親としては、やはり中等部より普通部に進んで欲しいな、と望んでしまいます。
どうしてそう思うのかは、これまでいろいろ書かせていただきましたし、ご自身が普通部をよくご存じなのですから、おわかりいただけますよね。
それでも、息子自身が中等部を望むかもしれない、そうなったらどうするか?
勿論、大学の学部選択とは全くレベルの違う話ではありますが(本人の判断力からいっても)、ちょっぴり考えさせられました。
自分もかつて、親の思いを鬱陶しく感じたりしたこともあったのに…
親というのは、因果なものなのかも知れませんね。
あごらさんは観察力が凄いですねー
うちの一徹さんは最期だけ塾でした。
世代が世代なんで、社会に出て何かを感じたんでしょうね・・・効率のいい人生選択を息子に要求していた様に思います。
で、行きたくて押し通したというよりも、自分の総合成績との兼ね合いもあったし数学嫌いだし経済より法律より歴史と政治に興味があった年頃だったので・・・割と安易にそして自分に向いてると思いこんで決めました(といえば聞こえがいいか?)